「リベラルアーツ」にみる、本来の「学び」の形とは?

国語、数学、理科、社会、音楽、美術……と、学校では様々な教科について学びましたが、「これらを横断的に関連づける思考を身につけていたら、社会での実践にも役立てることができたのではないか」と、よく思います。

別々のものを掛け合わせて“化学反応”を起こせたら、仕事も人生も、もっと楽しくなるはずです。そうした思考力を鍛えるための学び、「リベラルアーツ」について調べてみました。

関心事と社会がつながると、「学び」は実践的になる

「学び」について考えるとき、フリースクールの東京シューレ設立者、奥地圭子さんに伺った話を思い出します。

奥地さんの息子さんは学校に通わず、自宅学習で学んだそうです。釣りが大好きで毎日釣堀に行き、そこにいる大人たちから魚の種類や水質のことなどを教わりました。家に帰ってから、疑問に思ったことを図鑑などで調べながら独学。その関心は、環境問題にまで広がっていったといいます。

また、近所のお兄さんたちが釣り針などを買うとき、合計金額をパッと出せるのを不思議に思った息子さんは、奥地さんに「どうして?」とたずねました。「掛け算や九九を知っているからだよ」と聞くと、すぐに「それ、教えて!」と言って習得したそうです。

つまり、学校に通わず「釣り」を通して国語、算数、理科、社会を学んでいったことになります。その後、息子さんは大学入学資格検定に合格して大学、大学院へと進み、科学者になったそうです。

この話を聞いて、本来、学びとはこういうことなんじゃないかと思いました。

自分の子ども時代を振り返ってみると、私にとって学校の勉強はテスト対策。考えるより暗記することばかりにとらわれていました。

今さらながら、勉強とは人と競うものでも知識を詰め込むことでもなく、自分が生きていくために必要なことを身につけること、言い換えると「自分の人生を豊かにするためのもの」なのだと痛感しています。

「リベラルアーツ」は人生を豊かにするための“技術”

これまでの社会制度や経済体制が揺らぎ、先の読めない時代になりつつある中で、「予測不可能な時代をどう生き抜くか?」といったことをよく耳にするようになりました。そんな時代には、実践的な意味での教養を身につけて、それらを関連づけながら自分の頭で考え、決断する力が求められているともいわれています。

そこで、あらためて注目されているのが「リベラルアーツ」です。

リベラルアーツ(Liberal Arts)の起源は、ギリシア・ローマ時代までさかのぼります。自由七科といわれる、言語系三学(文法学・修辞学・論理学)と数学系四学(算術・幾何学・天文学・音楽)を指していました。

リベラル(Liberal)は「自由」を意味し、アーツ(Arts)はラテン語のars(アルス)に由来し、「技術、技芸、学術、芸術、技芸、手仕事」などを意味します。

奴隷制を社会の基盤としていたギリシア・ローマ時代において、リベラルアーツは「奴隷としてではなく、自由に(非奴隷として)生きるために必要な“技術”」とされていました。

その考えは中世ヨーロパの大学制度に受け継がれ、神学や哲学なども加わりました。そして近年では、ビジネスエリートに求められるものとしても注目されています。

欧米では、大学の4年間をかけてリベラルアーツを学ぶ人も多いそうです。アメリカにはリベラルアーツ・カレッジが多数あり、人としての根幹部分をつくる学びの場とされ、専門の学科や職業過程とは区別されています。リベラルアーツ・カレッジを卒業したあとに大学院に進学し、実社会で必要な法律、経済、会計、経営学などの専門分野を学ぶ人も多いといいます。

日本ではリベラルアーツの定義は定まっておらず、様々な解釈がありますが、『リベラルアーツの学び方 エッセンシャル版』(瀬木比呂志、ディスカヴァー・トゥエンティワン)には、次のように書かれています。

実践的な意味における生きた教養を身につけ、自分のものとして消化する、そして、それらを横断的に結び付けることによって広い視野や独自の視点を獲得し、そこから得た発想を生かして新たな仕事や企画にチャレンジし、また、みずらの人生をより深く意義のあるものにする、そうしたことのために学ぶべき事柄を、広く「リベラルアーツ」と呼んでよいと思います。

またこの本には、リベラルアーツの学びの範囲について、哲学、社会・人文科学、思想、批評、ノンフィクション、文学、映画、音楽、漫画、広い意味での美術が挙げられています。

疑うことや共通点を見つけることが大事

リベラルアーツを身につけるために必要なのは、どんなことなのでしょう。同書の中に、知識を横断的に結び付けるためのヒントが書かれていたので、いくつか紹介します。

作品と対話し、生き生きとしたコミュニケーションを図る
リベラルアーツを構成する個々の作品や書物に示されているものをできあがった権威として「鵜呑み」にするのではなく、一人の人間に接する場合のように、それと「対話」して、対象を深く感じて理解する。

歴史的・体系的な全体像の中に位置付ける
リベラルアーツを構成する個々の作品や書物と接する際に、同じジャンルの中で、同じ作者の仕事の中でどのように位置付けられるかを知り、また、同時代のほかのジャンルの作品群との関連も考えながら、歴史的、体系的に位置付ける。

視点を移動し、橋をかけ、共通の普遍的な問いかけを知る
一つひとつの作品に個別的に接し、次の作品と出合うときにはもう前の作品のことは忘れてしまっているというやり方でなく、それらの間にコミュニケーションの橋をかける。視点の移動の能力とともに、異質な物事の中から普遍的なもの、共通するものを見いだす能力が身につく。

おわりに

得た知識や経験が仕事や人生に直結すると思えたら、勉強はもっと奥行きと広がりのあるものになり、終わりのないものになると思います。

リベラルアーツはそう簡単に身につくものではないですが、常に「なぜ?」と考え、頭の中にある知識やこれまでの経験をフル活用しながら自分なりの答えを出すだけでも、思考に大きな変化が生まれそうですね。

参考
『リベラルアーツの学び方 エッセンシャル版』瀬木比呂志、ディスカヴァー・トゥエンティワン、2018.

『ビジネスエリートのための!リベラルアーツ  哲学』小川仁志、すばる舎、2018.

 

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