嫌われる勇気をもつということ

ほとんどの人が他の人から嫌われないように、日々気を使いながら生きていると思います。私もどちらかというと、嫌われないようにあまり波風を立てないように生きてきましたが、プライベートも仕事に関しても、それでは困る場合がありますよね。今回はこちらについて書きたいと思います。

嫌われることへのダメージ

上記で述べたように、「これは言わないほうがいいかな」また「注意したら気分を悪くしそうだな」と、気を使いながら日々働いている方も多いと思います。特に部下の立場であれば、「上司に嫌われたら出世が遠のいてしまう…」「この上司ともめるとプロジェクトが進まない」と思えば、問題点の指摘を躊躇したり、常に顔色を伺いながら仕事をしている方もいるのではないでしょうか。

それは人に嫌われるということは精神的ダメージが大きく、たとえその人のためになることでも、きついことをいったり、批判したりすることを避けた方が無難だからでしょう。私自身もやはり無難な方へ、楽な方へと逃げてしまいがちです。

ただこの状況が続いてしまうと、仕事であればお客様ではなく、上司の機嫌取りのために仕事をしていることになります。
お客さまやご利用者に喜んでいただくためにプロジェクトを進めているはずなのに、上司の顔色ばかり見ていては、よい商品やサービスを提供することができません。

勇気をもつということ

「嫌われたらどうしよう」とばかり考えていると、結局のところ何も解決せず、余計なストレスを抱え込むことになります。話せないことへのもどかしさや、仕事であればモチベーションの低下にもつながりかねません。

また遠慮ばかりしていては、その人の本音を聞き出すことはおろか、深く関わることもできないでしょう。

もし仕事だけでなく、家族に対しても意見を言わず顔色ばかり見ているようでは、はたして家族といえるのか疑わしくなります。

少しでも疑問に感じたら、相手に聞いてみるのが一番です。直球で聞くことがもし躊躇われる内容であれば、当たり障りのないところから聞いてみるのもひとつだと思います。

嫌われる勇気=自己中心的なお願いをすることではない

嫌われること=他人が嫌がることをしようということではありません。八方美人のように、誰にでも都合のいいように合わせるのではなく、相手のことを思いやりながらも、ポリシーをもって自分の意見を伝えるということです。

中には相手に言いにくい内容もあると思います。例えば注意するにしても、あやふやにしてしまう方が断然楽です。指摘することも怒ることも相手に気を遣うので疲れますし、それだけたくさんのエネルギーが必要です。ただあやふやのままにしては、お互いの成長にはなりません。

そうは言うものの、上司の間違いを指摘するなんてかなりのエネルギーを消耗するでしょう。それでも嫌われたり、嫌がられたりすることを恐れて見てないふりをするよりも、自分の意見を伝えることは確実に価値のある行動です。

プライベートでも仕事でも嫌われたり、嫌がられたりすることばかり恐れていては、自分らしく生きていくことができません。また、仕事であったとしてもお互い嫌われることを恐れず、意見を出し合える環境である方が、働きやすさややりがいにも繋がると思います。

まとめ

アルフレッド・アドラー著の『嫌われる勇気』(ダイヤモンド社)に下記のように記載されています。

いろいろと不満はあったとしても、「このままのわたし」でいることのほうが楽であり、安心なのです。

この言葉は、とても強く私の心に突き刺さりました。現在私はリモートワークで働いているのですが、ほとんどのことがパソコン越しに完了します。一緒に働いている仲間については、お互いの勤務状況は分からず、どんな性格の人なのかわからない場合も多いです。そんな環境でも、自分の意見を伝えず嫌われることを恐れていては、自分自身何も変わることはできません

自分がどういう風に成長したいのか考えることも大切です。しかし、それ以上に嫌われることを恐れてお互い注意し合えない環境であったり、意見を出すことを躊躇したりしていては何もよくなりませんよね。より良い環境づくりのためにも、相手のことを思いやりながらも、しっかりとポリシーをもって自分の意見を伝える勇気が必要なのだと思います。

人間すぐに楽な方へ流れがちですが、仕事もプライベートも自分の意見は大切にしていきたいと改めて感じました。

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